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2021.08.02

いま「昆虫食」が熱い!「食」の専門家がその現状と可能性を探る。

未来の食糧危機を救う食品として世界でも注目されている「昆虫食」。日本でもコオロギの粉末を練り込んだお菓子が話題になりました。なぜ今、昆虫なのか、その理由について、管理栄養学部の平野先生に伺いました。

Profile

平野 義晃 先生

健康栄養学部 管理栄養学科 准教授。専門分野は食品衛生学。食品の安全性や食肉特性の低い野生動物の調理・加工法など、安心・安全な「食」のあり方について研究しています。

なぜ、今、人々は昆虫を食べるのか。

編集部:平野先生、本日はよろしくお願いいたします。さっそくですが、今、昆虫食がブームとなっていますが、2013年、国連食糧農業機構(FAO)が、世界の食糧問題の解決策の一つとして昆虫食を推奨する報告書を発表したことも影響していると思うのですが。

平野先生:2013年に国連食糧農業機構(FAO)が発表したレポート(“Edible insects: Future prospects for food and feed security”)では、昆虫食のメリットとして、温室効果ガスやアンモニアの排出が少ない、飼料からのたんぱく質への変換効率が高い、省スペースで飼育できる、可食部が多く廃棄率が少ない等、哺乳類、鳥類、魚類等の動物を食料とするのに比べて環境面で優れているということが記述されていました。最近は、持続可能な世界を目指すSDGsの推進もあってか、昆虫の環境面のメリットが、注目されるようになったんだと思います。

編集部:食品業界では、随分前から「昆虫食」に着目していたのですか?

平野先生:私は昆虫食の専門家ではないので詳しくはわかりませんが、『昆虫食と文明―昆虫の新たな役割を考える』(デイビッド・ウォルトナー=テーブズ著、築地書館)によると、2013年のFAOのレポートが刺激となって、2014年頃には論文や報告書、インターネット情報などさまざまなメディアで取り上げられていたようです。

編集部:2020年には、無印良品から「コオロギせんべい」が発売され、話題になりました。

平野先生:昔はもの珍しさというか、インパクトのあるマニアックな食材として虫に注目していた人はいたかもしれませんね。しかし、ここ数年では、SDGsに対する取り組みの中で、環境面に役立つ食材としての可能性にも注目が集まってきて、「コオロギせんべい」のような一般向け?の昆虫を原料として使った商品が出てきたのだと思います。

そもそも、昆虫って美味しいの!?

編集部:食材としての可能性には、どんなことがあげられますか?

平野先生:まず、昆虫は丸ごと食べられるので栄養のバランスがいいんですね。ビタミンやミネラルなども摂取できます。糖質が少ないのも、糖質制限をしないといけない一部の人には魅力かもしれません。

編集部:糖質オフは、個人的にうれしいですね。食感はどうなんでしょう?

平野先生:実は、この取材を受けるにあたり、ゼミの学生たちと昆虫を食べてみたんです。バッタ、イナゴ、コオロギ、ゲンゴロウ、ハチノコ、カイコなど。今は、ネットでも手軽に購入できるんですね。シンプルに加熱乾燥して塩をまぶしたもの、油で揚げたもの、甘露煮にしたもの、冷凍品などで売られています。個人的には、バッタとイナゴとコオロギは比較的食べやすかったかな。加熱乾燥したものは、食感も味も、えびせんべいに近いと思いました。ただし、イナゴを食べた後、本物のえびせんべいを食べたのですが、えびせんべいの方が断然美味しかったですね(笑)。ザザムシは甘露煮にしてあったため比較的食べやすく、美味しいという感想が多かったと思います。ハチノコについては、プチプチとした食感や甘味が気に入った学生もいました。ごはんやアイスクリームと一緒に食べるなど、食べ方も工夫してみました。イナゴは意外とアイスクリームとの相性がよく、「ごはんと一緒に食べるより美味しかった」という感想もありました。最も評判が悪かったのは、ゲンゴロウ。これは美味しいという学生がいなかったですね。大きさと見た目のせいで、食べない学生も多かったです。味については一番クセが強く、昼に食べて夜まで喉の奥に味が残っていたくらい後味が強かったですね。

編集部:見た目を工夫すれば、もっと抵抗なく食べられそうですね。

平野先生:実際には、粉末の状態で料理に使われることが多いようですね。昆虫はもともと水分が少なめで、乾燥しやすいので加工がしやすいと思います。粉末加工しやすく、調理にも使いやすい。こうした点も、食材としてのメリットのひとつですね。今後は、美味しい調理方法が開発できれば、食材としての可能性は広がると思います。

編集部:食文化という側面では、「昆虫食」はどうなんでしょう?

平野先生:日本では、昆虫を食してきた歴史があります。特に海のない地域では、タンパク源として昆虫が食べられてきました。例えば、長野県では「ざざむし」が有名です。

編集部:そういえば、長野県の郷土料理として「いなごの佃煮」も聞いたことがあります。学生たちは、学問としての興味は湧いたようでしたか?

平野先生:卒論のテーマにどう?と聞いてみたのですが、残念なことにあまり手応えがありませんでした(笑)。昆虫食に興味のあった学生もいましたが、今回試食してみて、それだけで満足したようです。

昆虫食の課題と可能性について。

編集部:昆虫食の今後の可能性については、どのようにお考えですか?

平野先生:個人的な見解ですが、人類の長い歴史の中で、これまで昆虫食が流行しなかったことを考えると、現状、昆虫の食材としての特性はあまり良くないのではないかなと思います。

編集部:課題があるとすれば、どんな点があげられますか?

平野先生:一番は「味」ですね。食品として美味しいものでないと。それから、価格面でも課題はあると思います。今回、試食用に購入してみて感じたのですが、価格が高いんですね。種類によっては、15gで1,000円、5gで500円もするものもあります。佃煮にしたざざむしは、小さな瓶1個で1,000円程度します。コストパフォーマンスは決して良いとは言えないんですね。今後、昆虫食の消費が上がれば、解決していく課題だとは思いますが。

編集部:なかなか厳しいご意見ですね(笑)。SDGsの影響でブームになっている感じもあるんでしょうか?

平野先生:そうかもしれないですね。「味」「価格」この2つの課題をクリアしないと、食材の主流になるのは厳しいかもしれません。

編集部:この流れでとても聞きづらい質問なんですが(笑)、昆虫食について今後はどんな展開が期待されますか?

平野先生:なんのひねりもないべたなところでは、タンパク質が豊富なので、良い抽出方法が確立すればプロテインサプリメントとして活用できるかもしれません。

編集部:そういえば、コオロギの粉末を発酵させて作った醤油も販売されていますね。調味料の原料としての可能性もあるのでしょうか?

平野先生:しょうゆは大豆を発酵させたもので、大豆由来のタンパク質から旨味成分であるアミノ酸が生み出されています。この理屈で考えれば、昆虫もタンパク質が豊富なので、醬油の原料としては活用できると思います。アミノ酸は、旨味、甘味、苦味などさまざまな味わいを生み出すので、調味料としての可能性は広がるかもしれませんね。

編集部:食関連ビジネスとしての展開や普及はいかがでしょう?欧米では昆虫食の関連企業が次々と登場していて、EUでも食用昆虫の取引が自由化されました。

平野先生:まだ、味の面など課題も多く、個人的には、昆虫食ビジネスが発展し、昆虫が日常的に私たちの食卓に登場するには、もう少し時間が必要かなと考えています。

編集部:研究テーマという面では、昆虫食は興味深い分野ではありますか?

平野先生:実際に、いま徳島大学では、ベンチャー企業を起ち上げ、食用コオロギの研究・普及に取り組まれている先生がみえます。効率的な飼育装置を開発したり、食品残渣を餌として有効活用したり、地元の食材を餌として使ったりと、生産性、環境への配慮、おいしさなど、改良を重ねてみえます。私のゼミでは、今のところ昆虫食を研究テーマにしようとした学生はいませんが、個人的には研究対象として面白いテーマだと思っています。

「食」を研究テーマにするということ。

編集部:先生は、学生の学びへの意欲に対して、どんな指導を心がけていらっしゃいますか?

平野先生:今回の昆虫の試食もそうですが、学生の興味の幅が広がるきっかけになることは、どんどん試していきたいと考えています。ゼミの最終目標は、研究テーマを決め、実験や調査をして結果をまとめ、卒業論文として完成させることです。昆虫を食べるという新鮮な体験をして、それについて語り合い、昆虫食の未来について考えた今回の経験も、その練習になればと思っています。そのためには、どんな些細なことでも興味を持って議論ができる環境づくりを大切にしています。柔軟に、フットワークを軽く、さまざまなことをやりたいですね。

編集部:具体的に、ゼミでは学生はどんなことをテーマに研究に取り組んでいますか?

平野先生:例えば、スープジャーが流行したときには、「あんなに温かい状態を長時間キープしていたら菌の繁殖につながらないのだろうか?」という疑問をテーマに研究に取り組んだ学生がいました。このように、生活の身近なところで疑問を感じたり、違和感を覚えたりしたことを研究テーマにつなげることを大事にしてあげたいですね。最近では、「チアシード」に興味はあるけれど、それをどう研究につなげていいのかわからないという学生に、「チアシードに豊富に含まれる『n-3系脂肪酸』※の加熱に弱い特性に着目してデータを集め、考察してみては」とアドバイスをしました。すると、ネット上では加熱すると『n-3系脂肪酸』※の加熱に弱い特性に着目してデータを集め、考察してみては」とアドバイスをしました。すると、ネット上では加熱すると『n-3系脂肪酸』は、加熱調理程度ではほとんど無くならない、という結論を導けました。「ネット上の情報ってやっぱり間違いがよくあるんだね」と身をもって確かめることができたことは、大変良かったと思います。これこそ、大学で学ぶ醍醐味ですね。このように、興味を学問につなげ、より深めるためのアドバイスやサポートを今後も継続していけたらと思います。※『n-3系脂肪酸』:現代人は、不足しやすく、皮膚の健康維持を助けたり、内臓脂肪を減らしたりする機能が報告されている脂肪酸。多価不飽和脂肪酸で酸化・変敗しやすく、保存性が低い脂肪酸の1つ。

編集部:言葉は乱暴ですが、「世間の常識や嘘を学問で暴いていく」。そんな楽しさもありますよね。

平野先生:そうですね。専門的な視点で、科学的に考察する。こうした大学ならではの学びの面白さを学生に味わってほしいなと思います。

編集部まとめ

今回取材して強く感じたことは、世間の評判やブームになっているものに対して冷静な目を持つこと、専門性を生かして考察することの大切さです。昆虫食についても、「食」という私たちの生活に身近なものだからこそ、簡単にブームに飛びつくのではなく、落ち着いて考えてみる必要があると思いました。平野先生、ありがとうございました!