前回、紹介があった「トイレの臨床心理学」は、身近な場所に関する人の心理を興味深く照らすものでした。心理学とは、特別な人や特別な場所のための学問、という印象もありますが、一面では何気ない日常の中に、見出されるものでもあります。
今回の取り上げる「動機づけ面接(Motivational Interviewing)」も、やる気・動機づけ、という馴染み深いテーマと関係しています。一般に動機づけというと、「やる気を出させる方法」が想像されがちですが、動機づけ面接では、動機を「植える」「作る」ものとしては捉えておらず、すでに相手の中に動機は存在しており、相手とともに「育む」ものと考えています。
たとえば、「変わりたいけれど、変われない」と感じている人がいます。勉強を頑張りたいと思いながらも続かない、早寝したいけれど夜更かししてしまう。あるいは、ダイエットしたいけど、つい食べ過ぎてしまう。そうしたとき、私たちは、その人に向かって「やればできる」「やめるべきだ」「いつまでそうしているの」「痛い思いをすればいい」と言いたくなります。しかし、人の心は不思議なもので、他人の言葉だけでは動かない、あるいはかえって頑なになり、行動を変えることができない時すらあります。動機づけ面接では、相手の中にすでに存在する“変化の種”を信じ、語られる言葉、変化していくきっかけとなる言葉に光をあてて、芽吹きを待ちます。
たとえば、「やめたいけど、やめられないんです」と語る人に、「やめたいと思っているのですね」と聞き返す。たったそれだけでも、その人は自分の中の気持ちをもう一度、自分の耳で聞き直すわけです。このようなやりとりを重ねつつ、まだ形にならない思いが少しずつ輪郭を持ちはじめる。それは、春先の土の下で、種が膨らみ、芽吹くことを待つようなプロセスです。
動機づけ面接は、もともとアルコール依存症の治療から生まれました。いまでは医療のみならず、教育や福祉など、さまざまな分野に広がっています。どんな場面でも、人の中にある「まだ芽吹いていない力」、人を尊重する姿勢が共通しています。動機づけ面接を学ぶことは、単にテクニックを身につけることではありません。「人の中にある可能性を信じる眼差し」と「その“発芽”を待つこと」を学ぶことでもある。誰かが悩んでいるときに「どう声をかけたらいいのだろう」と迷うことがあるかもしれません。そんなとき、動機づけ面接の考え方は、焦らず相手の中の可能性を信じ、かかわる方法を与えてくれます。動機づけ面接の丁寧なやりとりが、相手の中に“種”を育む。相手の中の種を見逃さず、自分の中の種もまた育みながら、共に、自然と育つ—それが、動機づけ面接、そして臨床心理学を学ぶ醍醐味です。
文献
Miller,W.R.& Rollnick,S.(2013). Motivational interviewing -helping people change- 3rd edition. New York: Guilford press.原井宏明(監訳)原井宏明・岡嶋美代・山田英治・黒澤麻美(訳)(2019).動機づけ面接<第3版>上.星和書店.
佐々木 大樹(臨床心理学)



