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心理学部

脳は遠回りしながら学んでいる

 今は,わからないことがあればすぐ答えを調べることができる時代です。動画は短く編集され,生成AIがあれば長い文章を要約してくれます。私たちの脳は,わかりやすい説明を好み,すぐ答えが見つかると安心します。生成AIの登場によって,わからないことに向き合う力はますます低くなっているかもしれません。けれども,脳にとって重要な学びのきっかけになるのは,思い通りにならなかったときでもあります。
 近年,脳は単に外界から入ってきた情報をそのまま受け取る装置ではなく,未来を予測する装置であると考えられるようになりました(予測符号化理論;Friston, 2010)。過去の経験をもとに,常に「次はこうなるはずだ」と予測しているのです。この考え方では,予測と実際の出来事にずれが生じたとき,脳はそのずれを手がかりにして学習を進めます。
 さらに,間違えたり予想外のことが起きたりしたとき,私たちは少しドキッとしたり,戸惑ったりすることがあります。実際,生理心理学の研究では,予想外の刺激やエラーに対して,心拍や発汗反応,脳活動などが変化することが知られています。また近年の神経科学では,とくに報酬や結果の予測が外れたときには,ドーパミン系の活動が変化し,その後の学習に関わることが示されています(Schultz et al., 1997)。つまり,「あれ,違うぞ」と感じて焦ったり戸惑ったりすることは,単なる失敗ではなく,脳と身体が,ここには学ぶべきことがあると反応しているサインでもあるのです。
 ただし,ただ間違ってもいいというわけではありません。重要なのは,自分なりに考え,こうなるはずだという予測をもつことなのです。最初から答えを見るだけでは,自分なりの予測を立てる前に正解を受け取ることになります。一方で,自分で考えた上で間違えると,「思っていたのと違う」というずれに気づくことができます。ただ答えを眺めるだけでなく,自分なりに考え,予測し,答えを確かめようとすることが学びを深める上で重要なのです。
 「大学で学ぶことに,どれほどの意味があるのか」
 そう考える人もいるかもしれません。確かに,生成AIによって答えをすぐ得られるようになり,より一層効率よく成果をあげることが求められる現代では,大学で学ぶことは遠回りのようにも思われるでしょう。しかし,脳はわかったことだけで深く学ぶわけではありません。むしろ,わからないことに向き合い,迷い,予測し,間違えながら,自分なりの考えを更新していきます。大学は,すぐに答えを出すことだけを求められる場所ではなく,ゆっくりと問いに向き合うことのできる場所です。答えがすぐに手に入る時代だからこそ,そして,考えることにまだ自信がない人にこそ,考え続けることのできる大学の時間と環境には,大きな意味があるのだと思います。
 この1年が,多くの学生さんにとって,迷い,考え,成長していく1年になることを願っています。

Friston, K. (2010). The free-energy principle: a unified brain theory? Nature Reviews Neuroscience, 11, 127–138.
Schultz, W., Dayan, P., & Montague, P. R. (1997). A neural substrate of prediction and reward. Science, 275, 1593–1599.


(山川 香織・生理心理学)

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