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心理学部

ストレスとの距離の取り方 -津軽こぎん刺しってご存知ですか?-

 少し前のお話になりますが,6月に青森県弘前市に行く機会がありました。皆さん,青森県に行かれたことはありますでしょうか。日本全国それぞれの地域にそれぞれの伝統や文化がありますが,青森県にはねぶた祭などのお祭りや津軽塗,津軽びいどろといった伝統文化・伝統工芸があります。それらに加えて「津軽こぎん刺し」という麻布に木綿の糸を刺すことで一つの作品を作り出す刺し子の技法があります。なぜ臨床心理学専門の私が津軽こぎん刺しについてお話をするのかというと,それが私の趣味の1つであり,ストレスコーピング(ストレス対処)となっているからです。
 ちょっとここでストレスコーピングについてふれておきたいと思います。ストレスコーピングとは,最終的に表出されるストレス反応を減らすための行動のことであり,原因となる刺激や出来事(ストレッサー)とストレス反応の媒介要因とされています。皆さんもストレスに対処する方法はたくさんお持ちだと思いますが,例えば頑張っても解決することが困難であるストレッサーに対してはどのように対処されていますか。様々な対処の仕方がありますが,解決が困難であると判断されたストレッサーに対しては,自分の気持ちを整理したり,時間や距離をおいたりするコーピングが有効であるとされています(嶋田・鈴木,2004)。津軽こぎん刺しに話を戻しますが,私にとっての津軽こぎん刺しは解決困難な事象から生じた反応に対する効果的なコーピングであるといえます。では津軽こぎん刺しとはいったいどのようなものなのでしょうか。津軽こぎん刺しをご存知でない方には,ここまでのお話を十分にお伝えすることができていないと思います。そこで今回は,心理学から離れて津軽こぎん刺しについて簡単ではありますがご紹介させてもらいます。
 津軽こぎん刺しの歴史は江戸時代までさかのぼります。江戸時代の津軽藩は3年に一度の頻度で起きていた大災害や飢饉,凶作,不作などにより財政が苦しかったため(安川・池田,2025),農家倹約分限令という制度が設けられていました(筆者私物資料より)。その制度の中では,農民は麻の着物しか着ることが許されていませんでした。当時から,津軽は雪深くとても寒い地域であったため,冬季の着用に適した繊維とはいえない麻布だけでは寒さをしのげるわけがありませんでした(安川・池田,2025)。津軽こぎん刺しは,当時の寒さを防ぐための保温と着物の補強のために女性たちが麻布に木綿の糸で刺し子を施したことが始まりのようです。江戸時代後期から明治初期になると衣服の禁令が解かれ,その技術はいつしか農民の女性たちにとって楽しみとなり,様々な模様を生みだしていったとされています(筆者私物資料より)。
 では津軽こぎん刺しとは具体的にはどのようなものなのでしょうか。鈴木・石田・小畑(2019,2020)によると,津軽こぎん刺しは,刺し子の一種ではあるものの,緯糸に沿ってまっすぐに針を進め,基本は奇数(一・三・五・七)で布目を拾うため独自の技法とされています。現在,基礎模様は40種類ほどあるとされ,組み合わせにより美しい幾何学模様となります(筆者私物資料より)。さらに,刺し方の基本は同じでも,地域により特長が異なることも津軽こぎん刺しの面白さといえます。例えば,弘前城を中心とした地域(岩木川の東側)では「東こぎん」といわれており,全体的に同じ模様を刺し,大柄が多く縞がない物になるようです。さらに,岩木山に近い岩木川の西側では「西こぎん」といわれ,肩部分に横縞を刺し,背に魔よけの模様が施されます。岩木川の下流に当たる地域では「三縞こぎん」といわれ,肩から胸にかけて三本の太い縞が入り大胆な構図が特長とされています(鈴木・石田・小畑,2020)。地域ごとに特長は異なるものの,今ではそれらの伝統的な模様を組み合わせることでさまざまな作品が誕生しています。
 津軽こぎん刺しの基本は,すでにご紹介したように緯糸に沿ってまっすぐに針を進めるだけという繰り返しの作業になるため単純に思えるかもしれません。しかし,一針の失敗がデザイン全体の歪みにつながるため丁寧な仕事が求められます。だからこそ,一針一針に深く集中し,完全にのめりこんだ状態を体験することができます。もしかしたら,没入体験といえるかもしれません。このような状態に留まることにより,解決困難なストレッサーに対して時間や距離を置けるだけでなく,自分の気持ちとも適度な距離を保つことができます。最初にお伝えした津軽こぎん刺しがストレスコーピングの役割を果たすとすれば,このような要素があるからだと考えられます。津軽こぎん刺しについて少し知ってもらうことはできましたでしょうか。このエッセイをきっかけに津軽こぎん刺しに興味を持っていただけた方は,ぜひ津軽こぎん刺しのストレスコーピングの世界を体験してみてください。
 皆さんもこのような没入感を得られる趣味をお持ちでしょうか。もし皆さんの趣味がそのような効果を発揮しているのであれば,それは効果的なストレスコーピングになっているかもしれません。解決困難なストレッサーに直面したときには,皆さんの趣味を活用してみてください。

参考文献
嶋田 洋徳・鈴木 伸一(2004).ストレスマネジメントの方法論と効果測定 坂野雄二(編)
学校,職場,地域におけるストレスマネジメント実践マニュアル (pp. 13-28) 北大路書房
鈴木 真枝・石田 舞子・小畑 智恵(編)(2019).そらとぶこぎん第3号 津軽書房
鈴木 真枝・石田 舞子・小畑 智恵(編)(2020).そらとぶこぎん第4号 津軽書房
安川 あけみ・池田理佐子(2025).津軽こぎん刺し模様の起源-被服材料学的,歴史的,風土的視点より- 日本家政学会誌,76,11-22.

臨床心理学 樋町美華

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