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心理学部
2017.10.25

人文学部心理学科リレーエッセイ(ストレスは悪者か)

   ストレスについて研究しているというと,「ストレスを解消するにはどうしたらいいですか」と質問されることがあります。多くの人にとって,ストレスは身体に悪影響を及ぼす不要なもののようです。果たして本当でしょうか。
ストレス場面に遭遇すると,脳を介して分泌されるいくつかのストレスホルモンのはたらきにより,なかなかやる気がおこらなくなったり決断力が鈍ったりと,省エネ状態になってしまいます。これだけを聞くと,やっぱりストレスなんてないほうがいいじゃないと思ってしまいますよね。
いつも悪者扱いされてきたストレスですが,近年悪いことだけではないことがわかってきています。それは,ストレスホルモンによって他者への信頼感が高まるというものです。Von Dawans ら(2012) の研究を紹介しましょう。実験参加者はまず実験協力者の前で面接と暗算課題を20分間行います。実験協力者は彼らにストレスがかかるように,プレッシャーをかけます。その後,実験参加者は2人組になって他者を信じるかを調べる信頼ゲームを行います(図1)。

まず,Aさんは一定の金額を手渡されます。Aさんにはそのうちいくらかを他人であるBさんに投資するよう指示されます。その後,Bさんは報酬の一部をAさんにお礼をするよう指示されますが,金額はBさんが自由に決めることができます。Aさんはいくら投資するでしょうか。AさんがBさんを「お金を返してくれるはずだ」と信頼していれば,たくさんのお金を投資し,まったく信頼していなければ投資額は減るはずです。その結果,ストレスがかかっていないときに比べ,ストレスを受けた直後の方がより多く投資をすることが明らかになりました。つまり,たった20分間のストレスによって誰かに頼りたい,誰かを信じたいという気持ちが高まるというのです。
ストレスは危険な状態から身を守るための重要なシステムです。ストレスホルモンの作用は,身体を省エネ状態にし,やる気を低下させ決断力を鈍らせますが, その分誰かの力を借りて身を守るようにはたらきます。このストレスの良いはたらきがあるからこそ,私たちは自分が辛いとき苦しいときにも他者に助けを求めて乗り切ることができるのです。
私たちに備わっているこころのはたらきはどれも必要なものばかりです。一見無駄に見えるようなこころのはたらきも,視点をかえれば思ってもみないところで私たちの生活の手助けをしてくれているのです。
 
山川 香織(生理心理学)
 
von Dawans B, Fischbacher U, Kirschbaum C, Fehr E, Heinrichs M. (2012) The social dimension of stress reactivity: acute stress increases prosocial behavior in humans. Psychol Sci. 23(6), 651-60.