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点と点をつないで

2019年03月25日心理学部

 先頃、平成最後の卒業生の門出を祝い、この4月からは新元号のもと、新たな時代を迎えます。この新しい時代への移行期にあって、昨年来、私たちは、テレビや書籍を通して、昭和・平成の歴史をいくどとなく、振り返る機会に恵まれました。

 もちろん、平成生まれの大学生の皆さんにとって、昭和はもはや遠い昔かもしれません。しかしながら、(第二次世界大戦終結後に限ってみても)昭和・平成という時代は、日本だけでなく世界中が、政治・経済・科学技術・文化等さまざまな分野で大きな変革を目の当たりにした時代でもありました。
 なかでも、今日、私たちの日常生活に欠かせないコンピューターやスマートフォンなどの技術革新の進歩とその速度は目を見張るものでした。とは言え、幼いころから当然のようにそうした機器を手にしてきた皆さんには、それらが元来、電子計算機であったこと、主に政府や軍のために開発されたこと、ましてや、それらが途方もなく大きく重かったことなど想像もつかないでしょう。
 しかし、それらが急速に一般にまで拡がり使われるようになったのは、この30余年のことなのです。そしてその技術革新の立役者の一人が、アップル社共同設立者のスティーブ・ジョブズでした。アメリカの著名な映画監督スティーヴン・スピルバーグは、ジョブズを評して「彼は私たちの指先に世界を置いてくれた」と述べていますが、まさに私たちは、今日、指先で世界の情報を得るまでになりました。
 それゆえ、彼の創造した世界を考えれば、彼が抽象的・合理的思考の人であったと想像するのが自然かもしれません。が、あに図らんや、彼は若き日より、東洋思想に傾倒し、悟りを求めてインドへ探究の旅に出、()の地で直感の力・体験にもとづく智慧の力のすごさに気づきます。彼はまた、生涯を通して禅の教えや日本文化にも魅了され、永平寺での修行を考えたほど、大きな影響を受けたといいます。ちなみに彼は徹底したヴェジタリアンでした。
 彼が求めつづけたこうした精神性を尊ぶ人生哲学は、「アップルのDNAには、技術だけでは不十分だと刻まれている。我々の心を震わせるような(、、、、、、、、、)成果をもたらすのは人間性と結びついた技術だ」(傍点、筆者)という、ジョブスの言葉に端的に表わされていると言えましょう。  

 さて、ジョブスはもちろん優れた実業家・技術者でしたが、なにより、伝説的なプレゼンターとしても有名でした。

 なかでも、彼が「人生から学んだ3つのこと」と題して語ったスタンフォード大学の卒業式でのスピーチは、明快かつ深奥なもので、多くの人びとに感銘を与えたといわれています。ここにその要旨を紹介したいと思います。皆さんの心にも響くものがありますように。その3つのこと、1つ目は「点と点をつなぐ」、2つ目は、「愛」と「敗北」、そして3つ目は「死」についてでした。曰く-私たちは、人生においてさまざまな経験をするが、そうした経験、すなわち「点と点」は、先を読んでつなぐことはできず、それは、後から振り返って初めてつながるものであること。それゆえ、点と点が将来どこかでつながると信じて生きることが大切である。また、そうして信じる道を歩む際、失敗や挫折を経験することもあるだろう。が、自らの道(仕事であれ恋愛であれ)を愛し、やり通すことが重要である。そして何よりも、私たちの時間は限られている(死は私たちのすべてが共有する行き先である)という意識をもつことで、私たちは雑念にとらわれることなく真に重要なこと[本質]を見出せる、と。

 ジョブスは自身、多感で大いに人生を謳歌できる若い時期に、体験を通して多くの「点」を積み上げ、そのなかから、敗北をも糧にしながら人生をかけて愛しつづけるものを見出しました。皆さんも今、そうした時期を経験していることを幸いに思ってください。
 残念ながら、ジョブスの人生は決して長いものではありませんでした。それでも彼はその限られた時間のなかで、彼が信じ愛したものを、数十年前には想像もつかなかった、「私たちの指先に世界を置く」という形に結実させ、あまりにも急いで旅立ちました。

 その旅立ちの少し前、彼は、伝記『スティーブ・ジョブズ』を著わした友人に、人生のなかでつないできたさまざまな体験[点]が「ふっと消えてしまうなんて、なんだかおかしな気がする。だから、何かが残ると考えたい。もしかすると自分の意識が存続するのかもしれないって」と語っています。と同時に、「でも、もしかしたら、オン・オフのスイッチみたいなものなのかもしれない。パチン!その瞬間にさっと消えてしまうんだ」とも言って、笑みを浮かべたそうです。伝記の最後、会話はこのような印象的な言葉で締めくくられています、「だからなのかもしれないね。アップルの製品にオン・オフのスイッチをつけたくないと思ったのは」。

 硬質の機器に、これだけの精神世界の秘密を隠しもたせたこと、これこそジョブスが生涯をかけて「つなぎ、残した点と点」の具現化だったのかもしれません。

森本素世子(インドの英語文学)
 
参考文献:ウォルター・アイザックソン『スティーブ・ジョブズ』Ⅰ・Ⅱ(井口耕二訳)
講談社、2018年(2012年1刷り)