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心理学部
2015.04.28

■人文学部心理学科リレーエッセイ NO.10 「露に映る全宇宙」


■人文学部心理学科リレーエッセイ NO.10 「露に映る全宇宙」

4月は多くの日本人にとって、さまざまな人生に新たな一歩を踏み出す、心躍る季節(とき)であるといえましょう。
そうした機会に、ぜひ皆さんと分かちあいたい一篇の小さな詩をご紹介したいと思います。
 
 私は多くの河や山々を見るために
 世界中を旅し、多くの金を費やした。
 私はどんな苦労もいとわず
 あらゆるものを見た。
 しかし、私は見忘れていた
 自分の家のすぐ外の、
 草の葉に宿ったひとしずくの露を―
 そのなかに全宇宙が映し出されている
 ひとしずくの露を。

 これは、1913年にアジア人初のノーベル文学賞を受賞したインドの詩人ラビンドラナート・タゴールが、幼い日のサタジット・レイ監督[インドが生んだ世界的な映画監督]に、「今はまだわからないかもしれないが、大きくなったらきっとわかるときがくるだろう」と言って手渡したという有名な短詩です。
 私たちは、好奇心旺盛で多くを吸収できる若いとき、タゴールがそうであったように、学問や数々の経験を通して世界を旅し、あらゆるものを見聞する貴重な「時」を与えられています。そこには確かに多少の困難もあるかもしれません。が、それでも、「どんな苦労もいとわず」、この大切な「時」を享受できるのは、人生における大きな財産だといえましょう。
 やがて年を経て、いつしか自らの秋を迎えたとき、「しかし、私は見忘れていた……」に始まるこの詩の後半をもう一度思い出し、味わってみてください。タゴールがサタジットに言った「今はまだわからないかもしれないが、大きくなったらきっとわかるときがくる」、あるいは「ひとしずくの露に映し出される大いなる宇宙」とはどういうことだったのか、人生を静かに振り返りながら考えるときがくるでしょう。
 さて、この詩を贈られたサタジット・レイは、後に、世界中で多くの称讃を受けた偉大な映画監督になりましたが、彼の遺作となった『見知らぬ人』は、彼のルーツであったベンガル地方の、大自然に囲まれた小村を舞台に、そこに、長年世界を旅した初老の主人公が心の安らぎを求めて帰郷するという作品でした。こうして、レイ監督は生涯をかけて、映像世界の中で、タゴールの詩に込められた深遠なる哲学「ひとしずくの露に映し出された全宇宙」の意味を探し求め、その答えを、彼の作品を通して、私たちに伝えてくれているのです。
     

森本素世子(インドの英語文学)