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スウェット・アンド・ティアーズ

2019年12月09日心理学部

コートとセーターの季節になって、最寄り駅から大学まで歩くだけで汗まみれになっていた夏とは別世界だ。最近の夏の暑さは半端じゃないから、汗をかくのが不快で夏が嫌いになってしまった方も多いのではないだろうか。

ところで、私たちはなぜ汗をかくのだろう。そりゃ決まってる。体温調節のためだ。暑かったら体温を下げるために汗をかく。汗は蒸発して気化熱を奪う。体温の上昇が抑えられる、というわけだ。

しかし、他の動物はあまり汗をかかない(人間以外でよく汗をかく動物はウマとカバくらいだと言われる)。そもそも多くの哺乳類の皮膚はいわゆる毛皮だから、人間のように汗をかいたら濡れネズミ状態になってしまう。なかなか乾かず、したたる汗は痕跡を残す。小さな動物なら天敵に狙われやすくなり、カビや寄生虫にも好かれ、いろいろ面倒なことが起こるだろう。だから、たとえばイヌは汗をかく代わりに、暑かったら舌を出し、激しく呼吸して熱を逃がす。他の動物も汗以外の何らかの体温調節手段をもっていて、それで暑さをしのいでいる。だが、それらの冷却方法は汗に較べれば効率が悪い。だから、多くの哺乳類は、あまりに暑いところで長時間動き回るのは苦手だ。

ではどうして人間は汗をかくようになったのか? ある時期(たぶん約2百万年前)から人間のご先祖様たちは狩りをして動物の肉を食料にするようになった。狩りでは、獲物を追い詰めるため走り回らねばならない。他の哺乳類は体温が上がって長く走り続けられないから、人間は集団でどこまでも獲物を追って、獲物が動けなくなったところを襲うというのが基本的な狩り方だったようだ。獲物を追い続けたら体温が上がる。したがって、汗で効率よく熱を下げるしくみが進化したらしい。人間の体毛が退化して素肌が露出したのも、たぶんひとつには汗で冷やすのに都合がよかったからだ。こう考えると、汗は人間の外見を決定的に変えた、独特の冷却システムなのだ。

一方、汗と似たようなものに涙がある。成分はとても似ている。どっちも99%近く水で、両方ともしょっぱいからちょっと塩分を含んでいる。あとは、涙はタンパク質、汗はミネラルを中心とする多少の微量成分が含まれているだけだ。だが、私たちがこのふたつにもつ印象はかなり違う。汗は汚く不潔なイメージが強いのに対し、涙はたいてい美しいものとして扱われる。

実体としてさほど違いがない汗と涙に対する扱いがこれほど違うというのは、考えてみると理不尽である。汗が不当に差別されているように思える。しかし、そもそも人体から出るさまざまな分泌物は、排泄物を筆頭にほとんどが不潔で汚い嫌悪の対象と見なされる。ところが涙だけは例外であって、常に美しいイメージだ。つまり、人間の分泌物界においては、皆が下賤な者として虐げられている中、涙が不当に優遇されているというのが正しい。

その理由は、涙が泣くという感情表出と大体いつもセットになっていることにあるのだろう。愛する人との別れ、人情話にもらい泣き、自分の情けなさに打ちのめされたとき、はたまた震えるほどの歓喜、そこにはいつも涙があった。こんな分泌物は他にない。

汗が人間に特徴的だったように、この涙の働きも人間特有だ。悲しくて泣いている動物というのは表現としてよくあるが、実際はまずない(人間以外に悲しみという高度な感情がどの程度あるかがそもそも大問題だ)。理由は謎だが、人間だけが感極まると大量に涙が出て目頭からあふれ出す仕組みを作った。それによって、涙は角膜を潤すウォッシャー液から成り上がり、人間の豊かな感情を象徴する地位を手に入れたのだ。

汗だって、緊張して手に汗をかいたり冷や汗が出たりと、感情とはけっこうつながりが深い。だが、やはり主な役目は体温調節だ。そうなると、暑さでぐっしょりとシャツが濡れた不快感と夏の汗臭さが主なイメージになってしまう。このあたりが、似たもの同士の汗と涙の明暗を分けたポイントなのだろう。汗が感情を表すだけで、体温調節という大役を免除されていたら状況はきっと違っていたはずである。

しかし、汗をかかなければわれわれは走り回れない。走り回れなければ狩りはできない。そうなると現在のような人間の心は生まれてこなかった可能性が高い。集団で狩りを始めて肉食が常態化したことが、人間の知性や社会性が高度に発展した背景の一つだったと考えられているからだ。外見もたぶん毛深いままだし、切なくて泣くなんてことはない動物になっていただろう。そう考えると、不快な汗と美しい涙が、このとても特殊な動物としての人間の本質を端的にあらわしているように思えてくる。
 

参考文献
リーバーマン, D. E. 塩原通緒(訳) (2017).「人体600万年史 科学が解き明かす進化・健康・疾病」上下 早川書房.
オラタンジ, B.O.& マッケイ, D. 今田純雄・岩佐和典(監訳)(2014).「嫌悪とその関連障害-理論・アセスメント・臨床的示唆-」 北大路書房
 
河野和明(感情心理学)