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心理学部
2020.10.02

第六感の正体―理由は身体が知っている―

第六感という言葉があります。理由はないけどなんとなく「ピンとくる」あれです。今日は生理心理学におけるひとつの仮説を紹介しながら,この正体について考えたいと思います。

神経科学者のダマシオは,ヒトの意思決定において感情に伴い身体から生じたシグナルがその手助けをしていると考えました。これをソマティック・マーカー(身体信号)仮説といいます(Damasio, 1994)。彼らは感情に伴う皮膚の発汗とアイオワ・ギャンブリング課題を用いてこれを検討しています。この課題では,参加者に4つのカードの山が提示されます。カードの裏には獲得できる金額(利得)もしくは支払う金額(損失)が記載してあり,参加者は好きな山からカードを繰り返し引いていきます。4つのうち2つは「よい山」で,1回の利得金額は小さいけれど,損失の確率も低く長期的には得をするようになっています。残りの2つは「悪い山」であり,1回の利得金額は大きいけれど,より大きな損失の可能性も高く,引き続けると損をしてしまいます。ダマシオは,選択を繰り返すことでより「よい山」を選択するようになることを確認しました。さらに興味深いことに,これらの参加者たちは,「これは悪い山だ」とはっきり確信しているわけでもないのに,そこからカードを選ぶときには,一時的な発汗が生じていたのです。一方,脳の一部※1を損傷した参加者たちは,このような発汗が生じない傾向にあり,「悪い山」を繰り返し選択してしまうことがわかりました。この身体反応は,少ない損失経験にもかかわらず,ルールを意識的に理解するより先に,危険を知らせるソマティック・マーカーとしてはたらき,「悪い山」の選択を回避させることでより良い意思決定を促していたのです。

このようにダマシオは,意思決定における感情的な身体反応の重要性を唱えました。従来,感情は意思決定を歪めるものだと考えられていました。しかし,ダマシオの研究によって,感情的な身体反応があるからこそ瞬時に危険を察知し,より良い意思決定が導き出されるのだ(自分自身も気づかないうちに!)という新しい考えが生まれました。もしかしたら,「ピンとくる」の正体はこのソマティック・マーカーなのかもしれません。そうであれば,直感というのは感情経験をたくさん蓄えた身体からの重要な手がかりになるでしょう。

もちろん,これはあくまでもひとつの仮説にすぎません。これを支持する研究者がいれば,否定する研究者もいます。大学での学びは答えがありません。いろんな研究者の考えを学びながら自分の考えを見つけ出す場です。信じるも信じないもあなた次第。これを読んで少しでもピンとくれば,生理心理学を学ぶ素質があるかもしれません。

※1腹内側前頭前野

Damasio, A. R. (1994). Descartes’ error: Emotion, reason, and the human brain. New York: Putnam. 田中三彦(訳) (2000) アントニオ・ダマシオ 『生存する脳 ―― 心と脳と身体の神秘』 講談社.
 

山川 香織(生理心理学)